2010年12月10日金曜日

幼稚園問題

保育園と幼稚園の統合が進んでいないらしいというニュースを見た。
文部科学省と厚生労働省の役所の絡みもある。
それなのに待機児童の問題がある。


これから子どもの数が減っていくから、国としても面倒くさいことにお金を使いたくないのかもしれない。
しかし、子どもを育てる親からしてみれば死活問題である。


これから高齢化社会が進行していく。
元気なお年寄りもたくさんいる。定年を越えてはいるが、働く元気がある人がたくさんいる。
そこでだ。
地域のおじいさん、おばあさんが子どもを預かるようなシステムはできないものだろうか。


親にとってのポイントは、とにかく子供を預かって欲しいということなのではないだろうか。
そんなときに、お年寄りが主催している寺子屋のようなところがあったら助かるのではないか。
一日単位で利用できるようにして、過度な教育は求めない。
お年寄りの話を聞けるだけで、立派な経験となる。
社会の活性化のために、そんなアイデアが出てくるのを期待している。

2010年12月8日水曜日

演じる

「演じる」という言葉を聞いて、皆さんはどう思われるでしょうか。


僕はあまりいいイメージを持っていませんでした。
何だか、自分に対してウソをついて、外に向かって自分を表現するような意味合いが「演じる」という言葉には含まれているような気がしていた。
ウソをついているイメージ。


辞書なんかには、
「ある場面、状況などにおいて、ある印象を見る人に与えるよう行動する。」
と書いてあります。


つまり、自分を見ている人に対して、どう思われるかを客観的に感じながら行動している状態が、演じるということ。
他者を意識しているかどうかがポイントなのではないでしょうか。


何だか最近世の中が変だなあと思ったら、演じる人が少なくなったんだと思います。
人からどう思われても構わないと言ったら言いすぎかもしれないけど、人の目を気にするくらいなら自分を押し通せ、みたいな社会になっている。
人の目を気にしていられないほど余裕がないのかもしれない。


僕は何だか、それを個性だと間違って捉えている人が多いように感じます。


基本があってこその逸脱です。
他人がいる中での自分です。


自分の顔はひとつではない。
父親の顔と、会社の顔、男の顔。
使い分けてください。演じてみてください。


そうすりゃだいぶ楽になると思います。
なんのこっちゃ。

2010年12月6日月曜日

人工肝臓

IPS細胞と同じようなものなのか、わからないが、さらに進化しているようなので書いておきます。
人間の細胞から小さな人工肝臓を作り出す事に成功



遺伝子を操作して、新たな人間を生み出すことには抵抗を感じる。
だが、自分の細胞から壊れている組織の修復を目的として新たな器官を人工的に作りだ出すことはどんどんやってもらいたい。



別の人間から移植を受けると、自分の体が受け付けない場合がある。
自分の細胞を元にしているなら、その確率も減るに違いない。



人間の環境に対する適応能力にも限界がある。
それを補うようにさまざまな技術が生まれてくる。
いったん環境をリセットできればいいのだが、時の流れというものはコントロールできない。
そんな中で、自発的に人工肝臓のような技術が出てくる。



便利なものはどんどん使っていけばよい。
技術も進化していけばよい。
しかし、考えなければならないのは、どこまでいっても人間はそう簡単に進化できるものではないということ。



こういった時代に、僕はやはり、人間にしかできないことを大切にしていきたいと思う。
そして、人間なのだからという視点を忘れないようにしていきたいと思う。

2010年12月3日金曜日

レイテ決戦

この間、ふと戦争について考えてみようと思って、YOUTUBEの映像を見ていた。
普段は遭遇しないような、衝撃的なドキュメンタリーなので、考えたくない人はみないほうがよいです。
第二次大戦終盤のレイテ決戦。

 
果てしなき消耗戦・証言記録・レイテ決戦 1/7

 
補給もない、勝目もない中で戦いに向かっていった日本。
1万5千の兵が取り残され、脱出できたのは4千人。

 
当時戦っていた日本軍の兵隊のインタビューもあります。
現代で生きる僕らには到底想像できないような、常軌を逸した状態。
死んでいった仲間のことを、淡々と語る彼らの姿。
そして、ふと思い出したように遠くを見る彼らの眼。
何を見て、そしてどうやって生きてきたのか。



戻ってきてまだショックも収まらぬだろうに、敗戦からまた再び生きていこうとした人たちのバイタリティは、すごすぎる。


現代に生きる僕らは戦争中に比べたら、平穏で、快適な生活を送っている。
そんな生のありがたみに、気づく機会もなかなかない。


そして、一見幸せに見える僕らの生活も、何も変わらない安定を前提としている分、つまらないのかもしれない。
それはそれで考え物だ。
ちょっと不謹慎かもしれないが、安定という状態も、それはそれで刺激のないつまらないものなのかもしれないと思ってしまった。
戦後の日本人がちょっとだけうらやましくなってしまった。

2010年12月1日水曜日

初めからあふれている

GIZMODEJAPANの記事より。

いくか2000万円! アップル初のパソコン「Apple I」の超美品オークションが間もなくスタート


アップルが最初に製作したパソコンが、オークションにかけられるそうです。


ぱっと写真を見てすごいなあと思うのは、やっぱりそのデザイン力。
遊び心と、冒険心が自然と湧いてきそうな作りになっています。
外側の大半が木でできているんじゃないか?


マイクロソフトには遊び心が欠けているし、アップルには大衆性が欠けている。


アップルとマイクロソフトが共同でパソコンを開発してくれないでしょうか。
そしたらもう言うことないんだけどなあ。