2012年4月9日月曜日

頭の中を一旦出す

ライフハッカーの記事より。
頭の中に浮かんだアイデアは「まず外に出すこと」が目標達成の第一歩 - ライフハッカー[日本版]
 
 
頭の中に浮かんだアイデアは、とにかく頭の中で覚えておけるという錯覚がある。
しかし、すぐに忘れてしまうことは皆さんも経験の中から十分承知のことと思う。
 

頭に浮かんだアイデアはできるだけすぐにカタチにする、できない場合も文字にして頭の外に出しておくのが、目標達成の第一歩です。これは基本的ですが大事なことなので、是非実践してみてください。
 
 
やるべき事柄を紙に書き出す。
そして、それをひとつずつ淡々とこなしていく。
TODOリストの作成だけで満足してしまって、アイデアを書き留めておくこと自体を忘れてしまう。
これでは日々の生活に進歩がない。
 
 
現代社会では、アイデアをまとめるツールがたくさんある。
携帯電話のメモ機能、メモ帳、付箋、家のパソコン。
どれに書こうか迷ってしまってはアホらしいので、もうこうなったら周りにある紙に走り書きすることにした。


アイデアはとにかく頭の外に一回出してみるということ。
創作の基本をもう一回しっかりと実践してみようと思う。

2012年4月6日金曜日

FREE&SHARE

BLOGOSの記事より。
型破りバンドに学ぶ、新しい音楽ビジネス


グレイトフル・デッドというバンドがいた。
1960年代の話。
グレイトフルデッドというバンドはなんとなく知っていたが、音楽がすごいというより、その存在が独特だったというイメージが強い。
正直音楽的にはそんなにすごいものじゃない。

グレイトフル・デッド (The Grateful Dead) は、アメリカロックバンド1965年カリフォルニア州サンフランシスコで結成された。グレイトフル・デッドの音楽はロックフォークジャズブルーグラスカントリー、ブルース、サイケデリック・ロックなど様々な要素を内包している。ライブの長時間にわたる即興演奏を信条としていた。
1960年代ヒッピー文化、サイケデリック文化を代表するアーティストである。デッドヘッズと呼ばれる熱狂的な追っかけファンが多く、ヒットチャートとはほとんど無縁の存在ながら、毎年のようにスタジアム・ツアーを行い、常にアメリカ国内のコンサートの年間収益では一、二を争う存在だった。日本では知名度が高くないが、本国アメリカではアメリカを代表する伝説的バンドとして認識されている。現在でも多くの熱狂的なファンがおり、メンバーの使用していた楽器などがオークションに出品されると高額落札がされる。
(Wikipediaより引用)


グレイトフル・デッドのマーケティング手法が話題になっている。
彼らの手法は、FREE&SHARE。
ライブでは観客に録音を認め、フリーで音源を配る。
それなのに、ビートルズやストーンズと争うほどの売上を上げた。


現代では当たり前になったFREE&SHAREの手法だが、
当時からそれを当たり前のように実践し、とてつもない売上を上げていたことは、現代のマーケティングにとって非常にヒントになる。


なぜ、そんなことが可能なのか、僕には全くわからない。
本を買ってみようかしらと思う。


image


グレイトフル・デッドにマーケティングを学ぶ/デイヴィッド・ミーアマン・スコット

2012年4月4日水曜日

ブログを書き続ける意味とは

新年が明けてからブログを再開した。


しかし、2月、3月とまた更新をサボってしまった。


一旦やめてしまうとなかなか元にもどるのは難しい。
正直、何のためにブログを書いているのかもわからなくなってしまった。


ふとまた4月だからということで、再開したい気持ちになってきた。
ブログがライフワークであった頃の気持ちを思い出してきた。


なぜブログを書き続けるのだろう。
これはもう以下の2点に集約されているのでないかと思う。


①人間として、自分の意見を考え続けるため。
→普段人間社会に生きていると、頭を使っていないことが多過ぎる。脳を劣化させないためにも、普段から何かしらを考えていることの大切さを改めて感じた。

②後から読み直したときに、自分の中に1本筋の通っている芯みたいなものを思い出すことができるため。
→人間社会に生きていると、周りの環境に合わせすぎて、自分の芯みたいなものを忘れてしまいそうになる。あとから振り返って自分の文章を読んだ時に、自分の根底に流れる芯を思い出すことができる。


要するに、究極の自己満足のためにブログを書き続けようと思う。


そうでなければ、自分のアイデンティティが保てない。
もはや、他人の評判はどうでもいい。

2012年4月2日月曜日

システム1、2

池田信夫blog part2の記事より。
Thinking, Fast and Slow
 
 
ノーベル賞受賞者の、Daniel, Kahnemanという人の著作の紹介。
脳の使い方には2種類あることを取り扱った内容の本だろうか。
それを池田信夫氏が独自の視点で解説している。
アメリカの契約社会と日本の共有社会を脳の構造から切り取った話は実に面白い。


下記の図は池田氏のブログより引用。
kahneman


フロイト流の意識、無意識といった切り分け方ではなく、脳の使い方の違いで人間の認識のやり方を説明している所が非常に現代的だ。


意識も無意識も、単なる脳の使い方の違いなのかもしれない。


僕はずうっと日本で育ったので、システム1の脳を使って、知覚からくる現在の判断ばかりやってしまう傾向にある。
現在、過去、未来の体験を使って、もっと推論をおこなっていく必要を感じる。
現在の刺激に反応して、制約の中でモノを考えていると行き詰まるようになってきたからだ。


システム2の脳を使った推論を行うためには、より大きなエネルギーが必要だ。
自分をコントロールし、意識的に脳を使っていくことが要求される。


このシステム1とシステム2の役割分担は、人によっても文化圏によっても違う。日本人に応用すると、日本の製造業の「すり合わせ」の効率性は、システム1 で情報処理していることによるのではないか。誰も命令しなくても多くの人々が整然と行動する日本人の特長は、震災でも世界から称賛されたが、システム1で共有している情報が多く、人々の均質性が高いためだろう。
しかし、このように意識的な処理を省いた効率的な行動は、大きな変化に直面したとき困る。たとえばTPPに参加するか否かという問題は、システム2で論理的に処理しなければならないのに、システム1で過剰なコンセンサスを求め、みんなの意見をまとめようとする結果、民主党政権のような堂々めぐりが起きてしまう。
逆にアメリカ人はシステム1で共有している情報が少ないため、ほとんどの処理をシステム2で行ない、問題を契約や訴訟で論理によって解決しようとする。このような情報処理は効率が悪いのだが、システム1が個別の文化圏に依存するのに対してシステム2には普遍性があるため、新古典派的な合理主義が一定の有効性をもつ。
しかしアメリカでも実はシステム1の処理のほうが多く、それを無視して制度を「合理主義」で設計するとうまく機能しない。人々が資源配分の効率を犠牲にして所得分配の公平を求めるバイアスは万国共通であり、これは人類が小集団で行動していたとき群淘汰によって形成された本能だろう。


日本人はもう少し、システム2の脳を使ったほうがいい。
そうでなければこれからの困難を対処していけないような気がする。


流れとしては1から2に、そして最後に1に戻ってきたときにいいモノが生まれるのではないかという気がする。


そして誰しもが、1と2の脳を瞬時に切り替えて使えるようになったらいい。


そこにはもう、欧米も日本も関係ない、超人が存在しているのみである。

2012年2月1日水曜日

東京事変解散

椎名林檎の率いるロックバンド、「東京事変」が解散した。


少しだけ気になったので、東京事変が出演する回のミュージックステーションを観た。
音楽番組を見るのは久しぶりだ。


解散のいきさつを淡々と語るメンバー達。
喧嘩別れとか、音楽性の違いといったネガティブな理由ではなく、
単に、疲れただけなのではないかと思った。
いい時に終わっておこうという大人の余裕も見えた。


「家庭生活のほうに入りたくなった」と語った椎名林檎。
ロックバンドをやることよりも、大切なものを手に入れた彼女。
椎名林檎も家庭を大切にしたい時期があるのかと安心した反面、日本のロック界においてまた一つ伝説が消えていくような寂しさを感じた。


久々に東京事変の演奏を聴くかと身構えた瞬間。
生演奏ではなかった。


音楽業界はどこに向かうのだろうか。