2011年1月31日月曜日

CDよありがとう

アゴラの記事に面白いものがありました。
CDが売れない、でも音楽産業は「活況」の理由



CDの売上は減っているが、音楽データの販売やDVDの売上、ライブ市場や、作曲者や演奏家への売上は上がっているというお話。
音楽業界は衰退しているわけではないということ。



CDというモノがなくなっていっている。
レコード会社という中間媒体がなくなっていっているということでしょう。



音楽産業が衰退しているのかと思っていたので、この記事は嬉しいものでした。
音楽にまつわる形が変わってきているだけの話。
楽しみ方の形が変わって来ているということなのでしょう。


世界は形のあるものから、形のないものへ。
有形の経済から、無形の経済へ。
転換している様子が、CDというモノの消滅からもうかがいしれる。



無形のメリットはたくさんあります。
その中で一番大きいのが、場所をとらないということ。
現実世界での空間を占拠しないという点が、非常にありがたい。
在庫を抱える必要がないということが非常に効率的なのです。



そしてこのCDの消滅から伺いしれるのは、中間媒体が消滅していく可能性があるということ。
生産者と消費者の間に入って、中抜きをしている存在がなくなっていくのではないかということです。



経済がどんどん無形になっていけば、中間で管理するモノの存在がいらなくなります。
生産者と消費者が直接やり取りをすればいいだけの話。
これはインターネット上で商品を選んで、生産者から直接買う方式に似ている。
中間業者がいないから安くなります。
商品を実際に見れないというリスクはあるけれど、そこらへんは人々の口コミの蓄積によって商品が評価されていくはずです。
そして、お試しの機会があれば、生産者と消費者の直接取引のリスクも格段に減っていきます。



今後、音楽シーンがどのように変化していくかは非常に面白い研究対象です。
そこに色々なヒントが隠されているような気がする。



みなさんは今の音楽業界をどう思うでしょうか。

2011年1月28日金曜日

上からと下から

BLOGOSの記事より。北村隆司氏のブログ。
「告発」する勇気 -ウイキリークス事件と日本


北村氏のブログはいつも考えさせられる内容で、読んだ後に非常に満足感を覚えます。


記事でも取り上げられていますが、ウィキリークスのようなやり方で、日本で内部告発の方法が定着するかどうか。
やはり国からのメディアと、個人からのメディアが両方存在していて、ぶつかり合って自然にバランスがとれている方が健全です。


その昔、沖縄密約に関しての、西山事件がありました。
西山事件(にしやまじけん)は、1971年沖縄返還協定にからみ、取材上知り得た機密情報を国会議員に漏洩した毎日新聞社政治部の西山太吉記者らが国家公務員法違反で有罪となった事件。別名、沖縄密約事件(おきなわみつやくじけん)、外務省機密漏洩事件(がいむしょうきみつろうえいじけん)。(Wikipesiaより引用)


この西山記者の情報の入手方法が問題になった。
外務省の女性職員との性交渉によって情報を得たとして、マスコミ上で西山記者に対する批判が起こったのです。


それで密約問題はうやむやになった。
情報の入手方法を問うことと、情報そのものの真偽を問うことは全く別の話。
感情論に煽られて、うまく国民はコントロールされてしまいました。
そういったことを防ぐためにも、ウィキリークスのようなメディアの登場は、可能性を広げます。


今後ウィキリークス自体はどうなっていくのかわかりません。
しかし、そんなことをやっている人がいるのかということがわかっただけで大きい。
これが、誰しもに利用できる形のサービスに落ち着いていくだろうから。


情報というのは多いほうがいい。
たくさんの出所から、嘘も本当も含めて、あふれているのがいい。
一方的な情報は、出し手にとっては都合のいいものかもしれないが、全体的な視点でみるとバランスがおかしくなって崩壊に向かっていくのだと思います。


みなさんは内部告発について、どう思うでしょうか。

2011年1月26日水曜日

反物質

GIZMODEJAPANの記事より。
理研らがとうとう閉じ込めに成功したという「反物質」とは一体なんなのか?


反物質(はんぶっしつ)は、質量スピンが全く同じで、構成する素粒子電荷などが全く逆の性質を持つ反粒子によって組成される物質。例えば電子はマイナスの電荷を持つが、反電子(陽電子)はプラスの電荷を持つ。中性子と反中性子は電荷を持たないが、中性子はクォーク、反中性子は反クォークから構成されている。(WIKIPEDIAより引用)


反物質というものがなんなのかよくわかりませんが、とても大きなエネルギーを持っていることは伝わってきます。
そのエネルギーを人類のために使っていこうということなのでしょう。


世の中、対になるもので存在しているということなのかな。
夫がいて、妻がいる。ピッチャーがいて、バッターがいる。
普段は均衡がとれている関係が、衝突したときに、ものすごいエネルギーになる。
夫のスーツのポケットからクラブのおねいちゃんの名刺を見つけ出し、夫に対して包丁を投げつける妻のイメージ。


この反物質のエネルギーは破壊的なモノに使わないようにしてほしい。
同じ過ちを二度やらないでほしい。
それだけ言っておきます。

2011年1月24日月曜日

コメ

ふと思った。
すべてコメで解決すればいいのではないかと。
日本の経済の停滞は、まずコメ問題をなんとかするべきではないのかと。


減反、生産調整なんかしないで、とにかく限界までコメを作る。
それを政府が一定の価格で常時買い上げる。
そこには農家への補償の意味も含まれている。
やはり日本の農業の軸はコメであると思うから。


子ども手当も社会保障も、ODAも全部コメでやってみたらいいのではないか。
米が重たいのだったら、引換券でもいい。
コメを拡大して、生活用品引換券でもいい。
とにかく、日本の産業で弱っている部門を、国の社会保障に直結してしまうのである。


「日本政府は現在危機にあえいでいます。だから、当分の間、現物で勘弁してください」
そういうのは通用しないのだろうか。


日本の農業問題も、領土問題も、コメや漁業と深く関わっている。
あやふやにしていた問題が、外的要因によって表に出てきた。
日本とはなにかということを考えることを、曖昧にしてきたことの結果だろう。
他の国に合わせて、自分の国を自分たちだけで考えてこなかったことの結果だろう。
日本という国を改めて考えなおす機会が来ているのだろう。


現在はペットボトルの水より、コメが安いという話をきく。
モノが安くなっていくのは構わないのだが、日本というアイデンティティを保つためにも、価格はある程度維持したほうがいい。


みなさんはどう思うでしょうか。



2011年1月20日木曜日

だいぶ回復してきました

先月の大晦日、左腕を骨折してしまい、手術、入院しました。

左腕にはギブスが巻かれ、何をするにも右腕1本。

当然、パソコンで文章を書くという作業もできませんでした。


しかし、3週間がたち、腕の状態もだいぶよくなってきたので、来週あたりからまたこのブログを再開しようと思っています。

よろしくお願いします。